人間の業の肯定としての芸能
- Noema Noesis
- 2020年7月17日
- 読了時間: 4分
演劇や音楽といった演者と空間・時間を共有して演芸をじかに見て聞いて楽しむ文化は、一度その楽しみ方、味わい方を知ってしまったらもう抜け出せなくなるような魅力があります。
その中でも僕は落語にハマっています。
きっかけは、立川志の輔さんが渋谷のPARCO劇場で1ヶ月公演をする「志の輔らくご in PARCO」で、2012年の演目だった『紺屋高尾』を観たことです。
真面目に働く染物屋の職人である久蔵が、普通に生きていたら直接会って話すこともできない高嶺の花である花魁高尾太夫に対して、ご飯も喉を通らなくなり寝込んでしまうほど恋い焦がれてしまい、心配した親方の助言を受けてから一転、真面目に働きコツコツとお給金を貯めて、そのあと運の巡り合わせがよく会うことができて…
…とあらすじを語るのは大変野暮で恥ずかしいこと極まりないですが、この『紺屋高尾』で腹の底から笑い、さらには演目を通じて描かれる優しい温かさに触れてぼろ泣きしたことは今でも鮮明に覚えています。志の輔さんが演じ分ける久蔵の生真面目さ、高尾太夫の艶のある上品さ、親方の潔さ、すべてのキャラクターが生き生きとしている様がこれまたいいんですよ。
さてさて、落語の楽しみ方はテレビ、ラジオなど様々ですが、中でも寄席で観る楽しみは格別です。寄席は江戸時代から始まったと言われており、例えば東京都内で言えば新宿末廣亭、鈴本演芸場(上野)、池袋演芸場、浅草演芸ホールなど昔から人の往来が多い場所に作られたそうです。寄席に入れば落語だけでなく、講談、漫才、漫談、浪曲、曲芸、奇術、サーカス、大道芸といった大衆芸能を楽しむことができます。


寄席演芸の楽しみ方は自由です。演者とお客さんとの共同作業的な一面があると言われていますから、”その日の興行はどういう共同作業がなされるのか”という目線で見て楽しみ方をしています。なんとも上からですね。少し詳しく言うと、芸人さんが発する言葉や仕草にお客さんが反応する(しないこともある)、高座と客席間のキャッチボールによって会場の中の空気の心理的な温度が変わってきます。演者が同じでもその日のお客さんは変わりますし、同じ方法で盛り上がるわけではないというのを垣間見ることができるのが寄席の面白さだと思っています。箸を転がしても爆発的な笑いが生まれる時もあれば、「あれ?」と思うこともあります。それも出会いです。
寄席演芸を知っている人にとっても興味深い、”寄席の楽屋風景を見れる”という新たな切り口で楽しめる動画コンテンツもあります。今年の2月中頃から開設されたYoutubeチャンネル「神田伯山ティービィー」で見ることができますが、講談師神田松之丞さんが真打ちに昇進並びに6代目神田伯山を襲名したことを記念した興行中に、番頭さんたちが手分けをして楽屋風景を写し、翌日にはリリースするという内容の動画です。楽屋で滲み出る寄席芸人の人柄や愛くるしさは新鮮であり、チャンネル登録者数14万人超え、第57回ギャラクシー賞フロンティア賞を受賞するなど好評を博しています。最近では投げ銭方式でのオンライン釈場が企画されたりと、落語とはまた違う”講談”の世界を知るコンテンツとしても今後注目のYoutubeチャンネルです。
生活して行く中で想像通りに事が運ぶことは稀であり、大抵の場合は理不尽や不条理に頭を悩ませることが多いものです。そんな時に寄席演芸などで見られるユーモアをヒントに「世の中をちょっと面白く捉える見方」を身につけて、調子よく愉快に暮らしたいものだと思います。
【補足】
●タイトルは2011年末に亡くなられた立川談志さんの「落語とは人間の業の肯定を前提とする一人芸」という言葉から拝借しています。
●2020年7月12日現在、寄席の営業は入場者数の制限やマスク着用などの新型コロナウイルス感染拡大防止対策がなされた上で再開されており、出向く際は寄席のホームページ等で情報収集していただければと思います。

●落語に触れるならこういうものがあります。
・絵本があります。
川端誠著、「落語絵本シリーズ」
『寿限無』、『目黒のさんま』、『まんじゅうこわい』、『ときそば』など落語の基礎とも言えるネタを題材にして、コミカルなイラストでとても読みやすいです。僕はこれを読んで今でも「寿限無」の名前を諳んじることができるようになりました。使い所がわからない特技です(笑)
・漫画もあります。
雪田はるこ著、「昭和元禄落語心中(全10巻)」
アニメ化、実写化もされた落語を題材とした漫画ではヒット作といってもいいでしょう。
落語家としての生き様、苦悩が描かれている。落語家、寄席の支配人、評論家、ファンなど落語界に実在する登場人物が現れ、その詳細な描写に引き込まれます。
文:中原(落語家(仮))
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